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『名人に香車を引いた男 升田幸三自伝』を読んで

升田幸三自伝

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 以前、ある棋士が弟は馬鹿だから医者になったというエピソードを聞いてクスッとさせられた記憶があります。御兄弟ともに東大卒です。 

 名人に香車を引いた男

どこが馬鹿なのかと凡人は思ってしまうわけですが、将棋とはそんなに奥深いものなのかと思ったことがあります。

 また最近ではロボットとの対局。食い入るように見てしまった。

 そしてようやくかねてより読みたいと思っていた本に手を付けることが出来ました。

読み終わって思うことは実に小気味いいということです。

 なにが小気味いいかといえば、まずその語り口。

 『ホラの升田』『威張りの升田』『ポカの升田』の異名を持つだけあって軽快なその語り口は、わたしでなくとも升田幸三の世界に惹きつけられることでしょう。

 

最初に升田幸三という人を知ったのはテレビだと記憶しています。

創造という言葉を仰っていた。

それがどういうことなのか、将棋を知らないわたしにはピンときませんでしたが、それでも強く脳裏に刻まれました。

それから数年が過ぎ、GHQのくだりをテレビで観て、升田幸三の本を読んでみたいと思うようになりました。

 

念願叶い揚々読んだ本は面白く、語り口もさることながら、そのビッグマウス的な発言やあけすけに語る負けたときのくやしさ、悪口でさえ、升田氏にかかれば小気味よく映る。

 

これはその人間のもつ徳といいますか、得といいますか・・。

 升田氏の言葉は毒気を含んでいるにも拘らず、実に無邪気なため、笑いさえ漏れてくる。

 

例えばGHQに呼ばれた時の話。

その内容は実に有名なため、割愛しますが、御自身でも酔ってしゃべりだすととまらない気違いみたいなところがあるというだけあって、よくしゃべる。

はじめこそ、「あなた方」と言っていたのが、酔いが進むにつれ、「お前ら」に変わり、その内、「おんどれら」に変わる。

 

通訳が「おんどれら」とはどういう意味ですかと訊ねると、

「大あなたと意味で、これ以上ない尊敬語だ」と返し、通訳は「ハハア」と不思議そうな顔をする。

 

GHQの方も「日本人は、沈黙は金とかで実に口が重い。戦犯達にいろいろ聞いてもすっきりした返事をくれない。だが貴公は実によくしゃべる。珍しい日本人である」そう言わしめる。

 

ただ、本人はそれが不本意だったようで(笑)また言い返していますが、兎に角、万事がこの調子。

 

さらに升田氏はGHQの会談でこうも言ったそうです。

「戦争中、あの人が海軍大学の講師などをして回り、おかげで日本は戦争に負けた。オレが代わりにやっとったら、日本が勝っている。おんどれらにとっちゃ、あの人は大恩人なんだぞ」

 

あの人とは木村名人のことです。

木村名人は長年に渡り名人の座を守り続けた方。

その木村名人を升田氏は嫌いだといい、悪口を言う。

 

そして二人は会う度に舌戦を繰り広げる。

 

それも、ひとりが豆腐は木綿だと言えば、片方がいや、絹ごしだ。

 

もう子供の喧嘩です。

余談

余談ですが、舌戦といって思い出すのは、ある麻雀の席で強いA氏が弱いB君をなぶりました。弄られ、面子を傷つけられればB君でなくともカッカするような内容。

脇に居たこっちがひやひやする程でした。それから暫くして「もうやめたら?」

A氏と二人きりになった機会があり、そういいました。

二人の関係性もさることながら、B君がハートの強い人ならば笑ってやり過ごすのですがそうではない。ケンカして「もう、お前とは一生しない」と仲たがいをした人も知っているから尚更です。

するとA氏は「これも作戦」と言いました。

成程。

そういう戦い方もあるのか。わたしは妙に感心したものです。

 そうしてカラクリを知ると、なるほど、A氏は喧嘩になりそうな一歩手前で収まるように加減もしていた。その加減は絶妙で、B君が頭に血が上り、ペースを乱し、坂を転がる石の如く負けの一途を辿りはじめると今度は機嫌取りにまわるのです。

 

しかし、A氏にも誤算がありました。B君はA氏の予想に反して、目に見えて上達して行きます。陰で相当特訓を積んだんでしょうね。

 

麻雀は己との闘いとも言われています。

ただでさえ席に着くと冷静を留めておくのは難しいもの。それでもB君はその口惜しさをバネに己に打ち勝ち、ワンステージ上にあがった。

もうB君をヘタというものはいません。

結果として、A氏は自分で自分の首を真綿で締めるかたちとなってしまった(笑)

 

話を元に戻します。

会えば子供のような喧嘩をする升田氏と木村名人。

ですが升田氏も木村名人も互いの悪口を言い合いながら一方で、いいところは素直に認めている。

 

升田氏いわく、棋士は単純で頑固者が多いと評していますが、まさにそれは御自身のことではないかというくらい、升田氏はあくが強いようで素直。そして情深いところがあるなと思ったのがわたしの印象。

 

その升田氏が言います。

「勝ちたい勝ちたいと思っている時はいっこうに勝てず、勝ちを諦めた途端、勝ちが転がって来る。結局、無心が一番いいってことです」

 

結局、何事もそうなのだろうな。

 

さて、奥さまからみた升田幸三はどういう人だったのでしょう。

好妻好局

「好妻好局」で妻の静尾は升田との思い出を柔和な語り口で話します。

 

とくに目立ったのは感謝の言葉。

それは升田氏にであったり、升田氏と交流のある方々にであったり。

 

升田氏は交流関係が広い。

財界、政界、文壇・・。そうそうたる顔ぶれに驚かされました。

さらに近所の奥さん連中や商店の店主、OL、はたまた子供とまで升田氏は親しくしていた。

人が好きなのでしょう。

そして升田氏は人からも愛されていました。

多くの人がひっきりなしに升田氏を訪れる。それを升田氏は喜び勇んで迎える。

実に無邪気に。少年のように。

 

その升田氏の素顔を奥様はこう話します。

 

饒舌にして寡黙、おおらかにして神経質、せっかちにしてのんびり屋、意地っ張りにして淡白、ユーモリストにして毒舌家、無頓着にして凝り性、剛直にして繊細。

 

不思議な人だったそうです。

 

それは性格面に留まらず、例えば、佐藤栄作に会った際、

 

「あんたは宰相の器。顔相に現れておる。近い将来、間違いなく総理大臣になれます」と本人に言ったそう。その言葉の通り、間もなく佐藤栄作は総理大臣になりました。

 

また高松宮殿下にお会いした際は、いつよのようにゆったり構えて談笑する御主人をみて、何か特別な役割を担ってこの世に生まれて来たのではないかと思ったそうです。

 本当に不思議です。

そして私が思うのは、相手が誰であっても態度を変えない。

人は人。

その人の飾りは升田氏にとっては関係なく、人そのものをみて付き合いを決める。

そういうところに惚れ惚れします。

 

ここで升田語録を少し並べてみようと思います。

「人生は借り方ではなく貸し方に回れ」

「信用した以上はとことん付き合う」これはどんな状況に陥ろうと一旦信じた人間とはとことん付き合うという升田氏の信念

「自分の身体、家族、家屋敷や金もすべて預かり物」

 

わたしは読みながら、世人離れしている升田氏は一休和尚に似ないでもないなと思ったりして・・。

 

釈迦とキリストとソクラテスを足したような顔相と赤ん坊の頃に言われたそうですが、飾らず、そして感激屋。

 

ほんと、豊かな人です。