のぐらいふ

のたりのたりのぶろぐ

「気がきく」と評判の経営者は、その昔、誰よりも非常識な若者だった(帯より)

その人の名は日高利美

今は銀座ルピエーナのオーナーママである

銀座のママ

 クラブを切り盛りする他にも執筆や多くの講演を行なっているようです。

日髙利美 公式サイト

とてもお美しい利美ママはこの著で、銀座について、礼儀について、プロフェッショナルについて、育てることについて・・語っている。

「気配り」の人という印象。

そこにママの相手を想う心が垣間見える。

人が何を求め、何を欲しているか、常にアンテナを張り巡らせていて、同じ女性として学ぶところは大きい。

・「空気を読め」では空気を読めない。

・都合の悪いことこそ早めに報告する勇気を。

・信頼は好き嫌いを越えたところにある。

などの金言を挟みつつ、売れっ子の条件などを記している。

そんなママですが、NO1だった20歳の頃は天狗になっていたそうです。周りあってのNO1だと気づいたママはその日から自分の態度を改めたそう。 

「五千万円の手切れ金を払った女」

太田恵子。(以下、本文を抜粋しながら書き進めていきます)

彼女は、大正十四年大阪の港区で産声をあげ、その後、日本一の酒場と言われた超高級サロンのオーナーママ。単なる酒場の女主人と違う点は、客に愛されてはいないことだ。客のほうから彼女に愛されにやってくる。

司馬が彼女の瞳を「ありきたりの女性のように甘ったれる為に存在しているのではなく、相手の心を読む為に存在しているようであった」と記すその瞳は相手の感情の起伏とともにあるようであったそう。「こういう眼のハタラキをもった者でなければ、俗世間で俗物を動かして俗の大事をなすことはできないということだ」

司馬は恵子の半生を綴りながら、「古来、愛嬌のない英雄はいない」秀吉も家康も俺がいなければあいつはどうにもならないという気にさせる可愛げがあったといい、太田恵子の中にその素質を見抜きます。

しかし恵子もはじめから運命が好むヌケ作だったわけではない。太田恵子30歳ときのクリスマスイブの日、売れっこの5名が突如「お店をやめさせていただきます」といった。「給料が不満なの?」彼女らは首を横に振る。「では、あたしが嫌いなの?」「うん」恵子は頼んだ。詫びた。けれど総スカンだった。この頃はまだ従業員に気を配るだけの余裕がなかったのだろう。それがこういう形で現れた。仕方なく店に戻る恵子。

この時、恵子が(お客様にはあの子ら流感やいうて、こまそ)としてごまかしていたなら今日の恵子はなかった。

ごまかしの裏を悟られた時ほど、人間、卑小にみえるときはない。恵子はお客ひとりひとりに自分が総スカンを喰らったことや不甲斐なさを正直に話し、詫びて回った。

この瞬間、運命は彼女を仕立て上げた。

お客らは恵子のヌケ作に感動し、「ママ、やろやないか。心配いらん。おれらがついてる」英雄とは作為なくそれをいわせる者をいう。

そんな恵子に男がいた。

司馬曰く、男は独立自尊の姿を愛玩女性にない、きわだった美しさとして賞でるくせに、独立しすぎるとインポテンツになるものだ。

最初の男はそれで恵子の元を去った。去り際、恵子は「あげる」「なにを?」「店を」そうして恵子は「紫苑」という店を男にやって別れた過去がある。

今度は先に恵子が嫌気がさした。男の未練を絶つには金以外のはさみはないと考えた恵子は、再び「あげる」そうして次の店も男にあげた。いづれも繁盛店だったそうだ。

そして恵子は次のクラブ「太田」を立ち上げた。

お客らは次に誰がこの店の主となるか噂しあったそう。

次に紹介する本

なぜこのクラブのママたちは、超一流であり続けるのか

この著は多くの修羅場を潜り抜けるにあたり、その都度、采配を成し生き抜いて来たであろう一国一城の主たちの本。

ママたちのスゴミと僅かに垣間見える意地が混濁し、それが人間味を帯びて現れているように思います